











|

山形県小国町の通販業者の情報が登録されていません。

ダムに沈んだ村 お天気が不安定でここ数日、静に引き籠もりをしておりましたが、ぶらり遊びに出てみました。 さてどちらへ行ってみようかな??? こんな調子! R113号線を山形方面に走っておりましたが、ユリ園も、ダリア園も行っている。 今日は走ったことのない山道を走ってみることにした。 山形県小国町から右側の山の方へどんどん走って、ダムで移転した集落の碑を見つけた。 この碑は、横川ダムを造る前に有った 「市野々集落」 の記念石碑です。 この碑を拡大すると、ダム湖の下になる前の集落の全体図が描かれております。 もっと拡大すると、有った家、有った田んぼ、家の苗字、呼ばれた屋号、流れていた横川、などの地図が描かれております。 地図は、神社や学校、寺、など、有った場所も描かれてあります。 飛泉寺の「大銀杏」も描いてあります。 この「大銀杏」は、大がかりで、移動させたのを後ほど載せますね。 もう1つの集落の記念碑です。 「叶水集落」です。 やはり碑には、「叶水集落」の全体図が描かれています。 こち
★・石畳の黒沢峠・★小国町 おはようございます いや〜〜素晴らしい開会式でしたね〜〜・・ さすが 中国・・!! 感動・・感動・・感動の連続 この大会を機に 平和な世界が訪れることを祈ります ハイ・・今日の写真 ★・黒沢峠・★ 米沢と越後を結ぶ「越後(米沢)街道」には13の峠あり ★・十三峠・★ ともよばれています 黒沢峠は「越後(米沢)街道」のほぼ中間に位置し 黒沢と市野々(ダムのため転出)の集落を結んでいる約一里の峠道です この「黒沢峠」には敷石が敷かれていたが 長年の風雨や落ち葉などによって埋もれた状態になってました 昭和55年に「黒沢峠敷石道保存会」を発足し 多くの方々のご協力をいただき敷石道を復元させました 現在確認されている敷石は約2.200石 この峠をゆっくり歩いていると 昔の時代にタイムスリップしたような 何か懐かしさを感じさせてくれる
当てが外れた 6日の夜、娘が帰ってきた。 娘が帰ると、一日中台所に立って、色々な料理を作ってくれる。 普段食べないような料理を作って食べさせてくれるので、有り難い。 私たちも娘に 「たまには、変わった料理を食べさせよう」 と、思い、三人で出かけた。 行った先は、山形県小国町の玉川の「マタギの館」 ここで珍しい熊肉カレーを食べようと思ったのですが・・・・? 様子が変だ、閉まっているようだ! 駐車場に、1台も停まっていない、下りてみた。 鍵がかかっていて、札が下がっている、「定休日」でした。 横には、こんな張り紙が・・・インターネットで調べたとき、「定休日」まで、気が付かなかった。 仕方がないから、飯豊の麓、 「梅花皮荘」へ行ってみた。 ここは国の温泉施設で、宿泊もできます。 予約はしていませんが、食事ができるか聞いてみた。 出来るというので、ここで食事をすることにした。 食事が出来るまでの、風景写真です。 メニューは「山菜釜飯」 炊きあがるまで、少し待ちました。 炊きあがった釜飯
眠い・・・・。 夜行の高速バスで帰ってきました。 眠い・・・。 金、土と、私の第2のふるさと、山形県小国町のキリスト教独立学園へ。 私の在学中を知るたくさんの先生方を前に なんか申し訳ない気がしました。 でも,「あの中川君が,しっかりしたなあ。お父さんの顔してるもの。」と 先生方は私の成長を喜んでくださいました。 よかった、よかった。 しかし、土曜日の昼過ぎに急に体調が悪くなり,ダウン。 戻して,下して,の連続でノックアウト状態。 パフォーマンスは19時過ぎから。 17時まで寝てたけど,よくなりそうにないので,病院へ。 薬をもらって、 ポカリとウィダーを飲んで,いざ,出陣。いえ,パフォーマンス。 こんなに体調悪くて,準備もできない状態で パフォーマンスするのは初めて。 ここは,観客の暖かさが嬉しかった。 次の日は 平和の鐘チャリティーコンサートへ。 とても雰囲気のよい,コンサートでした。 私のパフォーマンスも好反応。 うれしかった。 さて,とりあえず寝よう。 それからだ,今日の準備は・・。
山形県小国町<11> アスパラ・・・ 会津 新鶴村2、
山形県小国町<10> 蔵座敷のある旧家 会津新鶴村の知人宅です 居間の隣にごく自然にあります2、 3、 4、 表の作りは・・・ 5、 6、 7、 8、 毎日、ブウちゃんのお世話が大変そうです〜 9、 10、暑さ対策・・
山形県小国町<9> 帰路ー 日立市(常陸大田)玉簾寺 玉簾の滝の所です。 ↓の派手な装いのユリよりも、山百合が好きかな〜2、 3、 4、 5、 6、 7、 昨年・・・常陸大田 8、 9、 10、 ついでに・
山形県小国町<8> 飯豊町 どんでん平ユリ園 小国町の途中、ユリ園の看板がありましたので、駆け足ショットです2、 3、 4、 5、 6、 7、 8、 9、桔梗・ 10、 11、 12、飯豊町役場 ユリよりも自然がいいかな・・・? 13、 14、
山形県小国町<7> 何とか雪渓が見えました! 露天風呂が在ったりして立派な山荘〜と、云うよりホテルです。 クリックで拡大できます <16枚> 2、山荘がシルエットになりましたが・・・飯豊山。 3、山並みが素晴らしい・・・ 4、 5、 6、中央右が山荘です 7、 8、 9、中央に滝があり、雪渓崩落が・・・ 10、 11、「白い森」と形容されるブナの原生林が見たかったのですが、登山しないと無理のようでした 12、温身平まで・・・
桃源郷への道 7月19~20日 山形県小国町 末沢川 私の机に一冊の本がある。 我々がたった数メートルの岩場で登った登れなかったと一喜一憂していた頃、薮に積もれた三角点を求め消えかけたゼンマイ径を辿り、熊撃ちの切り付けを頼りに北越後の三角点のすべて130余を歩いた1人の男、亀山東剛氏の山行記録集山の遊学道である。その中身は山行記録にとどまらず歴史、民俗,地質と掘り下げその内容は奥が深く中身は濃い。 袖朝日から派生した末沢川、岩井又沢に挟まれた尾根の中ほどにある特徴のない山であるが、その穏やかな山容が熊狩りの越え口として利用されていたのではないかと、遊学道の中で著者は夢を馳せている。 遊学道にはこう記してある 岩井又沢は源流釣りや沢を目指すものにとって特別な意味を持つ。その遡行は困難を極め沢になれたパーティだけがその遡行を許される。ただ畑沢出合周辺だけは河原が広がり同じ渓とは思えない穏やかな表情を見せる、まさに桃源郷なのだ。 熊撃ち衆が駆け下りた尾根を確かめに行くことにした
|
|
|